紅葉前線を追いかけて、3週間で6県を巡った記録
紅葉前線を追いかけるという計画は、最初から無謀だった。
10月上旬に東北から始めて、11月中旬に京都で終わるルート。3週間で6県。秋田、山形、群馬、長野、奈良、京都。紅葉の南下に合わせて移動すれば、常に見頃の場所にいられる——理屈ではそうだった。でも天気はこちらの計画を読んでくれない。
秋田:雨の角館
最初の目的地は秋田の角館だった。武家屋敷通りのシダレザクラが紅葉するのを見たくて来た。到着した日、雨だった。傘をさして歩いたが、雨に濡れた紅葉は、乾いた紅葉とは違う色をしていた。水分を含んだ葉は、色が一段階濃くなる。赤がより赤く、黄がより深い黄色に。雨の紅葉も悪くない、と思った。ただ靴の中は最悪だった。
角館の武家屋敷通りは、桜の時期に比べて人が少なかった。紅葉の秋田は、京都ほど混まない。これは大きな利点だ。黒塀の前に立つ真っ赤なもみじを、誰にも邪魔されずに見ていられた。
山形:温泉と芋煮
山形では銀山温泉に立ち寄った。冬の温泉とは違う秋の銀山温泉は、川沿いの旅館の窓から見える山の色が赤と橙に染まっていて、大正ロマンの建物と紅葉の組み合わせは、計算されたように美しかった。
山形で芋煮を食べた。里芋と牛肉を醤油で煮たもので、山形では秋になると河原で大鍋を囲んで食べる文化がある。一人旅だから河原の芋煮会には参加できなかったが、食堂で食べた芋煮も十分においしかった。温まる。体の中から秋に対抗できる温度が生まれる。
群馬:予定外の渓谷
群馬は予定になかった。山形から長野に向かう途中、天気予報を見たら長野が3日間雨だった。予定を変更して、群馬に寄ることにした。
吾妻渓谷という場所に行った。名前も知らなかった渓谷だ。電車を降りて、案内板に従って山道を歩いた。30分ほど歩いて、渓谷の展望ポイントに着いた時、声が出た。
眼下に広がる渓谷の両側が、赤と黄と橙に染まっていた。京都の寺のような整えられた紅葉ではない。山全体が、自然のままに色づいている。赤い木と黄色い木と、まだ緑の木が入り混じって、パッチワークのような模様を作っている。川の水が岩に当たって白い泡を立てている。その白と、紅葉の赤と、空の青。3つの色が、谷の中で出会っている。
30分間、同じ場所に立っていた。他に観光客は3人しかいなかった。京都なら100人はいるだろう場所に、3人。この贅沢さは、予定外だったからこそ手に入ったものだ。
長野:雨の後の光
長野に着いた日、雨はやんでいた。雨上がりの紅葉は、太陽の光を受けて輝く。葉の表面に残った水滴がレンズになって、光を集めて散らす。これは晴れ続きの日には見られない光景だ。
上高地に行きたかったが、紅葉の時期はバスが2時間待ちだった。諦めて、代わりに地元の人に教えてもらった小さな公園に行った。観光ガイドに載っていない公園で、もみじが数本あるだけの場所だったが、地面に散った葉が赤い絨毯のようになっていて、里山の静けさがあった。
もみじの天ぷら
奈良の箕面で、もみじの天ぷらを食べた。紅葉したもみじの葉に衣をつけて揚げたもので、見た目のインパクトに反して味は素朴だった。ほんのり甘くて、衣のサクサク感が楽しい。葉の味はほとんどしない。食べるために作られたものというよりも、秋を食べるという行為自体に意味がある食べ物だと思った。
京都:人の多さ
最後の京都は、予想通り混んでいた。東福寺の通天橋は、紅葉を見る人を見るような状態だった。新幹線で移動してきた観光客が一斉に同じ場所を目指すから、こうなる。でも早朝6時に行ったら、人はまばらだった。朝日が差し込む前の薄暗い時間帯に見る紅葉は、昼間とは違う色をしている。まだ光が弱いから、赤が落ち着いて見える。派手さはないが、静かで深い赤だ。
3週間の結論
3週間で6県を巡って、一番きれいだった紅葉はどこか。京都ではなかった。角館でもなかった。予定になかった群馬の吾妻渓谷だった。
計画通りに行かなかったことが、一番良い結果を生んだ。これは紅葉に限った話ではないかもしれない。でも、紅葉の旅で実感すると説得力が違う。天気に裏切られて、予定を変えて、名前も知らなかった渓谷にたどり着いて、声が出た。あの瞬間は、計画では作れない。
もうひとつ気づいたことがある。3週間ずっと紅葉を見続けていると、最後のほうは写真を撮らなくなった。最初の数日は何百枚も撮ったが、後半はカメラをカバンに入れたままのことが多かった。目で見ることに集中するようになった。写真には残らないが、記憶には残る。どちらが正しい保存方法かは、まだわからない。