正座で足が痺れて立てなかった、初めての茶道
正座を30分間続けたことがあるだろうか。
あるなら、あの感覚を知っているはずだ。最初の10分は大丈夫。15分で膝の裏が痛くなる。20分で足首から下の感覚がなくなる。25分で「このまま一生立てないのでは」という恐怖が芽生える。そして30分後、立ち上がろうとした瞬間に、足が完全に死んでいることに気づく。
僕の初めての茶道体験は、この正座との戦いだった。
茶室に入るまで
茶道を体験しようと思ったきっかけは、正直に言えば大したことではない。職場の日本人の同僚に「やったことある?」と聞かれて「ない」と答えたら、「じゃあ行こう」と言われた。それだけだ。深い動機はなかった。
東京の住宅街にある小さな茶室に着いた。入り口が低くて、頭を下げないと入れない。これは「身分に関係なく、皆が平等に茶室に入る」という意味があると、後で同僚が教えてくれた。でもその時は単に「頭をぶつけそうだ」と思っていた。
茶室の中は思ったより狭かった。6畳ほどの空間に、掛け軸と花が一輪。それだけ。テレビもない。BGMもない。スマホをどうするか迷ったが、周りの人がカバンにしまっているのを見て、同じようにした。ここでスマホを出すのは、映画館で電話を取るようなものだろう。
作法がわからない
畳に座って、すぐに問題に直面した。何をすればいいのかわからない。周りの人をチラチラ見て、同じ動きを真似する。お辞儀のタイミング、手の位置、座り直し方。すべてが「チラ見→真似」の繰り返しだった。
亭主(お茶を点てる人)が入ってきた。静かに道具を並べて、お湯を注いで、茶筅を動かす。しゃかしゃか、という音だけが部屋に満ちた。この音を聞いている間、不思議なことに、頭の中の雑音が消えた。明日の会議のことも、返していないLINEのことも、電気代のことも。しゃかしゃか、という音がすべてを上書きしていた。
お菓子が回ってきた。和菓子で、季節のものだと説明された。上生菓子、というらしい。桜をかたどったもので、中にこしあんが入っていた。箸——ではなく、黒文字という小さな楊枝のようなもので切って食べる。切り方がわからなくて、隣の人の手元を見た。きれいに半分に切っている。僕は力を入れすぎて、和菓子が崩れた。あんこが皿の上に散らばった。恥ずかしかったが、誰も何も言わなかった。
抹茶一口目
茶碗が回ってきた。両手で受け取って、右手で2回回す。これは同僚に事前に教わっていた。回す理由は「正面を避ける」ためだという。茶碗の一番美しい面を、自分の口で汚さないように、という配慮。こういう細かいルールの積み重ねが茶道なのだろう。
一口飲んだ。苦い。でも和菓子の甘さが口の中に残っていたから、その苦さが心地よかった。甘さと苦さの順番は、計算されているのだと気づいた。偶然ではない。数百年かけて「この順番がいい」と結論が出ているのだ。
抹茶を飲みながら、茶碗の手触りを感じた。ざらざらしていて、指にフィットする。この茶碗を誰が作ったのか、いつ作られたのか、わからない。でも手の中にあるこの物体が、何十年、もしかしたら何百年の間、誰かの手を経てここに来ているのだと思うと、妙な緊張感があった。
立てなかった
お点前が終わって、全員が立ち上がる気配がした。僕も立ち上がろうとした。左足に力を入れた。何も起こらなかった。右足を試した。同じだった。膝から下が完全に感覚を失っていた。
隣に座っていた60代の女性が、僕の顔を見て状況を理解したらしい。何も言わずに腕を貸してくれた。その腕につかまりながら、ゆっくり立ち上がった。足の裏に砂利を踏んでいるような痺れが走って、思わず顔をしかめた。女性は笑っていた。「最初はみんなそうよ」と言った。
茶室を出て、靴を履きながら同僚に聞いた。「わび・さびって結局なんなの」。同僚は少し考えて、「俺もよくわからない」と言った。正直な答えだと思った。
よくわからなかった、でも
帰り道、足の痺れが完全に取れるまで20分かかった。歩きながら思ったのは、あの30分間、一度もスマホのことを考えなかったということだ。これは日常ではまず起きない。電車の中でも、カフェでも、家にいても、スマホは常に意識の片隅にある。でもあの茶室では、しゃかしゃかという音と、苦い抹茶と、痺れてくる足にしか意識がなかった。
茶道の意味はまだわからない。季節を感じるとか、一期一会とか、言葉では知っている。でも体で理解するには、まだ時間がかかりそうだ。ただ、あの30分間の「何も考えなかった」時間は、確かに価値があった。それだけで行った意味はあったと思っている。
次回は、足を崩してもいいか聞いてみようと思う。